IYO DENTAL ASSOCIATION

椎野 恵子先生の講演要旨
―現場で生かす介護食の実際―


【悔いのない介護をしたい】
 老化が進んだ高齢者の食べるという行為は、『むせて食べられない』という苦しみをともなった。『食は命の源』である。やむなく病院に移送するが、入院間もなくして死を迎えると、家族や介護者は後味の悪い思いを残すのである。
 大切なお年寄りの側に寄り添う介護者の「口から何とか食べていただきたい」「最後まで家や施設で見守りたい」という思いから始まった『介護食』の開発。しかし、老化が進み、水やお茶などが飲めない高齢者にとって、飲んだり食べるということは、そのまま誤嚥性肺炎につながりやすく、衰弱した高齢者にとっては命とりになりかねない。
 そんな高齢者が食べられる食事は誰もが簡単にできるはずのものではなく、介護食のキーワードである、喉越しの良い『やわらかさ』と『滑らかさ』になる様に調理することは簡単ではなかった。
介護食にするための素材は、寒天やゼラチン、片栗粉などが多く使われる。寒天は2〜3分沸騰させて使うために、レシピの通りに調理しても、調理する人によって出来上がりのやわらかさが異なる。その結果として喉越しの良い『やわらかさ』と『滑らかさ』にならず、失敗したことにも気付かず、介護食は誤嚥しやすい食べ物に変わってしまうのである。一方ゼラチンは、温度によって変化しやすいために、夏場は溶けて食事形態が短時間で変化し扱いにくく、口の中に含ませて、なかなか飲み込めない人には、体温で簡単に溶けるので、かえってむせる原因になった。寒天とゼラチンの特性を生かして、季節や料理によって、使い分けたり、混ぜて使うなどの工夫が必要である。ここに、介護食を調理技術の高い人でなければできない特別な食事にしてしまった原因がある。
 しかし、高齢社会は少子化時代であり、今後ますます老夫婦世帯は多くなるであろう。長年苦労を共にした夫や妻に高齢の介護者が万感の思いを込めて作る食事が、施設や病院などの訓練を受けた調理人だけにしか作れないものにして良いのだろうか。在宅の時代といわれる現在、目や手足が悪い高齢者でも簡単にできる介護食でなければならず、一日三度の食事であればこそ、調理がおっくうなものであってはならないのである。同時に介護食は科学に裏付けされた美味しい食事でなければならない。
 この課題に応えて研究されたのが伊那食品工業KK製の寒天である。お湯で溶ける介護食用寒天と介護食用ソフト寒天が商品化された。誤嚥すれば命とりになりかねない介護食を、失敗しないで簡単にできるようにした。例えば、レシピ通りに作ると誰が作っても喉越しの良い『やわらかさ』と『滑らかさ』になる。また一人ひとり異なる咀嚼や嚥下障害の程度に合わせて食事を調整することもできる。
 高齢社会とは人としての尊厳を自分以外の人に託す時代といえる。人生の最期は他者から大切にされ、良い人生であったと満足したいものである。だからこそ、人としての尊厳を守れる悔いのない介護をしたい。

【介護食を作ってみて欲しい】
 美味しい介護食の基本的な作り方
介護食用ソフト寒天は水やお茶、野菜などの粘性の少ないものに使う。
お湯で溶ける介護用寒天は、肉や魚、粘性のある芋類・海藻などをおいしくまとめる。

  1. 美味しく煮た食材にだし汁やお湯を加えてミキサーにかける。(美味しく作る)
  2. 裏ごしにかける
  3. 小なべに熱湯(80℃以上)50mlとお湯に溶ける寒天一袋(ソフト寒天一袋)を加え、小さな泡だて器でかき混ぜて溶かす(ソフト寒天は火にかける)
  4. 食材をなべの中に入れて、かき混ぜる
  5. 型に流して表面の泡を取り、あら熱をとり冷蔵庫で冷やす。

 寝たきりのお年寄りは食欲がない。口から食べるというのは食欲がないとできない。だから食欲をわかせるための工夫をする。食材がわかるような型に作る。
 食べるときの姿勢は大切だ。リハビリの先生や、精神科医、介護士で食べる姿勢の研究をした。私たちが普通に食べる姿勢。枕を後ろに当てて顎を引いた姿勢がよい。首が据わるかが自分で食べられるかどうかの境目だ。
 救命プリンをつくるのは非常に苦労した。潤生園のスタッフ総動員で作った。口から食べられなくなった人が、2、3日これを食べると食べられるようになった。今から考えると脱水であったのかもしれない。今でも水分補給には気を使っている。
介護食は末期の方のために開発した。水分補給のための食事で、救命食と名付けた。そのうち私が立てた嚥下障害がない人のための献立がミキサーにかかるものは何でもスープになる。そのまま嚥下障害がある人にための食事にできるということで、介護食と名付けた。その後、介護食がいろんなメーカーからいろいろな介護食が出た。介護食という言葉があいまいになったので、世の中に出したものとして、定義付けした。狭義では嚥下障害がある方のために水やお茶などを飲むとむせる方のお食事。また広い意味では身体に何らかの障害がある方のために工夫された食事とした。
 従来、ゼラチンペーストの方が、寒天よりも嚥下困難食には向いていると言われてきたが、私の場合はお年寄りに実際に食べてもらって、研究してきた。お水すらむせて飲めない方なので、無理をしてはいけない。是非皆さんも実際にやってみて欲しい。

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